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山口地方裁判所下関支部 昭和37年(モ)87号 判決 1964年5月08日

申請人(債権者) 秋田一男 外一名

被申請人(債務者) 山陽電気軌道株式会社

主文

当裁判所が本件当事者間の昭和三六年(ヨ)第一〇五号仮処分申請事件について昭和三七年四月五日なした仮処分決定はこれを認可する。

訴訟費用は被申請人の負担とする。

事実

(申請の趣旨)

主文第一項と同旨。

(申請人等の主張事実)

一、当事者。

被申請人は肩書地に本店を有し、鉄軌道事業及び一般乗客旅客貸切自動車運送事業を営む株式会社である。そして申請人秋田一男は昭和三〇年三月二三日付で、同杉野保夫は昭和二七年三月一〇日付で被申請人会社に雇傭された従業員であつて、被申請人会社の従業員をもつて構成している私鉄中国地方労働組合山陽電軌支部の組合員である。

二、解雇の通告。

被申請人会社は申請人秋田が公職選挙法違反、窃盗罪により懲役四月執行猶予三年の刑を、又同杉野が公職選挙法違反罪により罰金五千円の刑を言渡されたことが、いずれも労働協約第一四条六号第一五条第一号に該当するものとして昭和三四年一二月二六日付で申請人等に懲戒解雇を通告し、その後私鉄総連との交渉の結果昭和三六年三月一四日付で右懲戒解雇を諭旨解雇に変更する旨の通告をなした。

三、解雇無効の理由。

被申請人が申請人両名に対してなした右解雇処分は次のような理由により無効である。即ち申請人両名が刑事事件に関係して罰金以上の有罪判決を受けたことは事実であり、これが労働協約第一四条六号同第一五条に当ることも争わないが、有罪判決の原因となつた申請人等の行為は労働者にとつて死刑の宣告にも等しい懲戒解雇に値する程のものではない。そして又申請人両名は被申請人会社に雇傭されて以来活溌なる組合運動家として積極的に組合活動をなし、組合が被申請人の分裂工作により昭和三四年一二月二四日に分裂して後も申請人両名は右組合に残つて積極的に組合運動を続け現在に至つているものであるが、被申請人はかねてから活溌な組合活動家である申請人等を解雇すべくその機会を狙つており、偶々申請人両名が有罪判決を受けたのを奇貨として申請人両名を職場から排除しようと決意し、前記のとおり申請人等に懲戒解雇を通告したものである。

被申請人は昭和三六年三月一四日付で申請人等に対し、前記懲戒解雇を諭旨解雇に変更する旨の通告をなしたが、そのことによつて被申請人が申請人等を職場から排除しようとする真の意図が変更されたものではなくただ労働組合を納得させる手段として見えすいた温情を示したものにすぎない。被申請人が申請人等を諭旨解雇にした決定的理由は依然として申請人等の正当な組合運動そのものにほかならない。

このような訳で右解雇処分は労働組合法第七条一号所定の不当労働行為に該当するものとし、又解雇権を濫用したものとして無効なものというべきである。

四、仮処分の必要性。

申請人両名は被申請人を相手に従業員としての地位の確認を求める本案訴訟を提起すべく準備中であるが、その判決の確定を待つていては被申請人からの給与のみで生計を立てている申請人等は回復することのできない損害を蒙るおそれがある。

五、よつて申請人両名は被申請人を相手どり昭和三六年一〇月二四日山口地方裁判所下関支部に対し申請人両名の地位保全を求める仮処分申請をなし、昭和三七年四月五日「申請人両名が被申請人に対し雇傭契約上の権利を有する地位を仮に定める。」旨の仮処分決定を得たのであるが、それに対し被申請人より異議がなされたので右仮処分決定の認可を求めるため本訴に及んだものである。

(答弁の趣旨)

一、当裁判所が本件当事者間の昭和三六年(ヨ)第一〇五号仮処分申請事件について昭和三七年四月五日なした仮処分決定はこれを取消す。

二、申請人両名の本件仮処分申請はこれを却下する。

三、訴訟費用は申請人等の負担とする。

(被申請人の主張事実)

一、申請人等主張事実中一、「当事者」については申請人秋田が昭和三〇年三月二三日付で、同杉野が昭和二七年三月一〇日付で被申請人会社に雇傭され、同三六年三月一三日までその従業員であつたと訂正する外その余の事実はこれを認める。同二、「解雇の通告」については昭和三四年一二月二八日私鉄中国地方労働組合山陽電軌支部(以下単に支部組合と略称。)に懲戒委員会付議案として申請人両名の懲戒解雇を提示したのであつて、申請人両名に通告したものではないし、同支部に提示した際労働協約の該当条項を第一四条六号とした事実はない、その余の事実は認める。同三、「解雇無効の理由」についてはこれを争う。

二、解雇の理由について。

被申請人は申請人秋田、同杉野両名に対し、昭和三六年三月一四日付で諭旨解雇を発令したが、その解雇理由は申請人両名の犯した刑事事件が労働協約第一四条一号同条六号同第一五条一号就業規則第八九条一号同条六号同第九〇条一号に該当するものとしてこれを諭旨解雇としたものである。しかし右解雇については申請人両名の右刑事罰の外後記(二)(三)の点が事情として加味されたので以下それ等の点を含め分説する。

(一)  刑事事件について。

申請人秋田は公職選挙法違反教唆及び窃盗事件により、申請人杉野は詐欺投票による公職選挙法違反事件により昭和三四年一一月二五日山口地方裁判所下関支部において申請人秋田は懲戒四月執行猶予三年、申請人杉野は罰金五千円の有罪判決を受け、昭和三五年一二月一五日最高裁判所において上告棄却となり右判決は確定した。

(二)  昭和三五年六月二二日時限ストに際しての申請人等の不法行為について。

支部組合は日米新安全保障条約の批准に反対し、これに反対するための統一行動の一環として昭和三五年六月二二日始発より午前六時三〇分までの間時限ストに入る旨同年六月二〇日会社に通告して来たが被申請人はこの時限ストが右条約の批准を阻止することを目的としたものであつて労使間で解決し得る性格のものではない所謂政治ストであつて違法な争議であり且つ労働協約第五四条(争議行為の通知)に基く争議予告もされていないことにより当該時限ストの通告受理を拒否し若しこの違法なる争議行為が実施される場合それに基き起る一切の責任を追及する旨同年六月二〇日支部組合に対して警告書を発したのであるが、支部組合は警告を無視して同月二二日予定どおりの時限ストを敢て行つた。この争議行為に際し特に申請人両名は被申請人会社が同日午前四時四五分唐戸停留所を発車させて東駅に回送し午前五時東駅発彦島口停留所行として争議に参加しない山陽電軌労働組合(以下山労組合と略称する。)所属会社従業員により運行営業の用に供さんとしていた第五一五号電車が同年六月二二日午前四時五二分頃山の口停留所附近に到りたる際申請人等は卒先して支部組合員三〇数名とともにこれを停車させ、該電車に乗り込み乗務員等に威圧的言動を加えて該電車の運行を阻止し不法占拠の上これを東駅車庫え回送せんとしたが該電車は会社及び山労組合に所属する従業員によりその回送を阻止され再び営業の用に供する目的の下に折返し唐戸方面に向け運行したのであるが前記山の口停留所附近において再び支部組合員により阻止せられ運行不能に陥つたのである。この間申請人両名は他の支部組合員等に卒先して乗務員に威圧的言動を加え申請人杉野は該電車に乗り込んでビユーゲルコードを下げて電流を遮断し、申請人秋田は該電車に乗り込んで運転手よりエヤーハンドル、レバーハンドルを取り上げて自己が勝手に該電車を運転し又下り運転台のエヤーハンドルを抜きとり上り運転台のコントローラーのレバーシングシリンダーを手で入れて該電車を発進せしめ、或いは山の口停留所より該電車に乗車した乗客一名を約一〇〇米進行した地点で強請降車せしめる等第五一五号電車をその実力的支配下に入れ会社業務の正常な運営を阻害して会社に損害を与えたものであるが、これ等の行為は明らかに争議行為の範囲を逸脱したもので威力業務妨害となる。

(三)  申請人杉野の電車課長業務妨害並びに職場秩序の紊乱について。昭和三五年一〇月二〇日付を以て支部組合は会社に対し争議行為の通告に関する件と題する書面を以て(イ)処分要求に関するもの(九月二五日付)(ロ)不当労働行為に関するもの(六月二三日付)(ハ)スピードアツプなどに関するもの(九月二五日付)の三件につき山口県知事及び山口県地労委宛それぞれ争議行為の通告をなした旨会社宛通告して来たが、次いで同年一二月三日付を以て具体的争議行為として同月五日より事案解決に至るまで電車関係において朝の超過勤務拒否並びに安全運転の遵守等を行う旨会社に通告して来た。しかして昭和三五年一二月二一日第六〇二号電車を運転する運転手広兼要、車掌村上清が所定時刻より著しく遅延させた事実が発生したので電車課長長宗貞雄はその実態を当該運転手車掌に直接質してこれを調査することとし、右即日運転手広兼要並に車掌村上清に電車課事務室に出頭を求め電車課金魚指導係長が事情を聴取、長宗電車課長もこの調査を行わんとしたところ申請人杉野外八名がこの調査に立会と称して長宗課長のもとに押しかけ、申請人杉野が卒先して電車課長の吊し上げを行つた。当時該電車課事務室には事務員約一〇名が執務中であつたが申請人杉野外八名の喧そうにわたる吊し上げのためその執務に非常な障害を来たしたのみならず右職場全体は右喧そう状態にまきこまれて執務不能に陥つた事実がある。右申請人杉野の行為は電車課長の正当な職務行為を阻害し、職場における秩序を紊したものというべきである。

三、解雇の経緯。

(一)  支部組合に対する懲戒処分の提案から懲戒解雇発令まで。

申請人秋田同杉野による前記窃盗、公職選挙法違反事件について昭和三四年一一月二五日言渡された前記有罪判決により被申請人会社及びその従業員の名誉を失墜するところ大なるものがあつた。よつて会社は申請人両名の行為は就業規則第八条違反即ち会社の名誉を毀損したものとして就業規則第八九条第一号労働協約第一四条一号該当事案として懲戒委員会附議とする旨決意したが、当時申請人等の所属する支部組合と会社との間には労働協約改定についての争議行為が行われておりこれが解決が焦眉の急であつたところから右手続等を為すに暇なく遅れていたが、昭和三四年一二月二四日右争議が終結するに至つたため、同月二八日懲戒解雇を懲戒委員会附議案として支部組合に提示したのである。しかして翌昭和三五年一月二五日及び三月二日それぞれ第一回、第二回の懲戒委員会を開催し、会社は申請人両名の行為は会社従業員として会社及びその従業員の名誉を著しく毀損したものであるから懲戒解雇に附すべき旨主張したが、支部組合は従前の慣行に反し、右刑事事件が控訴中であり判決未確定を理由にこれに反対し審議は難航したのである。その後も同年三月下旬からの賃金値上げに係る大争議が支部組合により実施され、六月からは年間臨時給与支給に関し争議が再びなされ、又前記会社の処分要求につき山口県地労委へのあつ旋申立等がなされたりして懲戒委員会の招集をなし得ず、漸く同年一一月一二日第三回懲戒委員会を開くことができたので、会社としては早急に結論を得たい旨主張したが、支部組合は上告審係属を理由に待つて欲しい旨の回答に終始した。しかして前記有罪判決は昭和三五年一二月一五日最高裁判所の上告棄却の判決により確定するに至つたので会社としては就業規則第八九条六号労働協約第一四条六号を追加適用する旨支部組合に通知し懲戒委員会における協議の督促を行つた。これに対し支部組合は依然何らの回答をも示さず、その間前記処分要求等につき支部組合は断続指名ストという交通企業においては全国でも稀な戦術により争議行為を繰返し年を明けた。次いで昭和三六年一月二五日及び二月七日とそれぞれ懲戒委員会が開催されたのであるが、支部組合は拒否のための拒否に終始し明らかに協議権の濫用と認められたので同年三月一四日最後の懲戒委員会を開催し会社としては話合いは十分行いお互の意見も出し合つたので早く結論を出したい旨、且つ支部組合が徒らに遷延の態度を採るにおいては協議権の濫用と認めて発令する旨の最后通告をなしたが、同組合は依然として同じ態度を繰返したので会社はやむなく右同日懲戒委員会の終結を宣し、申請人両名に対し昭和三六年三月一五日懲戒解雇を発令した。

(二)  懲戒解雇を諭旨解雇に変更した経緯について。

しかして右懲戒解雇発令後それに対して支部組合は何らの意思表示をなさず経過したが、昭和三六年五月二四日午后一〇時一〇分より開催された団体交渉において当時支部組合並びにこれが上部団体たる日本私鉄労働組合総連合会(以下私鉄総連と略称する。)を含めた統一指導委員会が結成されこれが代表として私鉄総連副委員長三橋幸男、同書記長安恒良一、同組織部長内山光雄等は申請人両名及び同日付を以て懲戒解雇した林佐喜世、昭和三六年四月二九日会社が支部組合に懲戒解雇を提案し、懲戒委員会に附議審議中の峰松嘉津子の四名の懲戒事案、その他山労組合所属従業員三名、非組合員一名の処分問題等の採り上げ協議方申入れを行つた。次いで同年五月二七日の団体交渉に引続き同日午前一一時より前記三名と会社側とが所謂トツプ会談を開き、その席上支部組合側より

(イ) 秋田、杉野両名についてはこれを諭旨解雇とする、

(ロ) 右両名の前記不法行為及び電車課長に対する抗議事件等についてはこれを解雇理由より取下げて貰いたい。

旨の意思表示がなされた。しかるに当日より支部組合は争議行為に入つたのでこの争議終結につき山口県地労委の職権あつ旋となつたが申請人等の懲戒事案等も合せて採り上げられるに至り、その第一回事情聴取は五月三〇日行われその段階においてあつ旋委員三名並びに福富穰山口県地労委事務局長列席の上、右事務局長は申請人両名を諭旨解雇とし、前記、六月二二日における不法行為並びに電車課長に対する抗議事件を解雇事由より除外することを会社に提示したが会社としては右除外については容認できない旨回答した。次いで五月三〇日、五月三一日右第三回事情聴取が行われ右同様の申入れがあつたが会社はこれを拒否し、引続き行われた第五回事情聴取において右福富事務局長は前記「威力業務妨害」「業務阻害」という言葉を「その他」という言葉で表現してはどうかと提案して来たが、会社側は「かかる漠然とした表現は不適当である。当初原案どおり掲げて貰いたい」旨主張しこれを拒否した。結局この問題については遂に六月二日あつ旋案の提示となつたが、右あつ旋案に基き昭和三六年六月四日開催された団体交渉の席上支部組合側は争議妥結に伴う組合案を会社に提示しその中において申請人両名の解雇について

(イ) 会社組合双方は別に協議して定める懲戒基準のなかで破れん恥罪を犯し有罪の確定判決を受けたときはこれを解雇又は諭旨解雇とする旨を確認し合う、

(ロ) 秋田、杉野両名は前項該当者として諭旨解雇を認める、

ことを申入れた。これに対し会社は一般の解雇基準を今直ちに組合と決めることはできないが、申請人両名については今回に限つて「公職選挙法違反窃盗」のみを解雇理由とする、しかし将来前記威力業務妨害、業務阻害等の懲戒問題が別人について新たに発生したときはこれを解雇することもあり得る、という確認を行つた上で結局六月六日の争議妥結に当つて「争議妥結に伴う協定」を正式に調印し、申請人両名の問題については

(イ) 組合案の解雇基準は一般の懲戒基準の中で別途協議する、

(ロ) 申請人両名を諭旨解雇としその解雇理由として申請人秋田は「窃盗、公職選挙法違反教唆」申請人杉野は「公職選挙法違反」とする、

(ハ) 右解雇理由は今後の実績としない、

という明文を記述して漸く解決を見るに至つたのである。よつて会社は前記懲戒解雇の発令を取消し、申請人両名に対し昭和三六年三月一四日付を以て「諭旨解雇」として遡り発令することとなつた。

四、不当労働行為に関する申請人等の主張等について。

昭和三四年一二月二四日私鉄中国地方労働組合山陽電軌支部が山労組合と支部組合に分裂したことは事実であるが、被申請人会社が右分裂に策動したような事実は寸豪もなく、右山労組合の結成は会社の関知しないところであり、本件解雇は前記刑事事件に基くもので、何らの意図を加味したものではなく、もとより申請人両名を積極的に会社より排除しようとしたものでもない。又本件解雇は前記理由に基くもので申請人両名の思想信条による差別待遇に基くものではない。

五、労働協約の失効について。

昭和三六年二月二四日で、会社と支部組合が締結していた労働協約が失効したことは事実である。しかしながら申請人両名の懲戒案はすでに昭和三四年一二月二八日懲戒委員会に附議提案していること、又懲戒事由の追加も右失効前の昭和三六年二月二二日に支部組合に申し入れていることも事実である。つまり会社の懲戒解雇発令が右当初の提案より一年以上も経過した昭和三六年三月一五日にまで至つたのは支部組合がいたずらに審議を遷延し支部組合の協議権を濫用した結果である。しかも本件解雇は無協約の時期に行われたものとしても就業規則第八九条以下には懲戒条項が明示されて居り、会社は所定手続に従い解雇したものである上前記の如く、本件諭旨解雇は申請人両名が当時所属していた支部組合及びその上部機関たる私鉄総連の提案、山口県地労委のあつ旋並びに支部組合、私鉄総連の諭旨解雇承認によつたもので、申請人等の主張は全く失当である。

よつて本件諭旨解雇は有効なものというべきである。そこで本件仮処分決定の取消及び同仮処分申請の却下を求めるため異議に及んだ。

(疎明省略)

理由

一、被申請人は肩書地に本店を有し、鉄軌道事業及び一般乗客旅客貸切自動車運送事業を営む株式会社であり、申請人秋田は昭和三〇年三月二三日付で、同杉野は昭和二七年三月一〇日付で被申請人会社に雇傭され昭和三六年三月一三日まで被申請人会社の従業員であつたこと、及び同両名は私鉄中国地方労働組合山陽電軌支部の組合員であることは当事者間に争いのないところである。そして又被申請人会社が申請人両名に対し昭和三六年三月一四日付で諭旨解雇の発令をなしたことも当事者間に争のないところであるが、右解雇の理由及びその効力について争があるので以下判断する。

二、(本件解雇の理由。)

成立につき争のない甲第六号証、甲第九号証、乙第一乃至四号証、乙第一五乃至一八号証、並びに証人浜野了一、同梶山美路の各証言、及び弁論の全趣旨によると、昭和三四年四月三〇日施行の下関市長、同市議会議員選挙に当りその頃申請人秋田は被申請人会社所属独身寮下関市東大坪町所在の交和寮舎監室において同寮居住の被申請人会社電車課運転手井上正和所有の右選挙投票所入場券を窃取し、(窃盗刑法二三五条該当。)次いで当該入場券を申請人杉野に交付して右井上名義での詐偽投票を教唆し、(公職選挙法違反教唆、公職選挙法二三七条二項、刑法六一条該当。法定刑は二年以下の禁錮又は二万五千円以下の罰金。)申請人杉野は右教唆に応じて選挙日当日右井上名義での所謂替玉投票をなし(公職選挙法二三七条二項違反。)たことで、申請人両名は昭和三四年一一月二五日山口地方裁判所下関支部で申請人秋田は懲役四月執行猶予三年に、申請人杉野は罰金五千円に処せられ、次いで同判決は昭和三五年一二月一五日最高裁判所における上告棄却により確定するに至つたこと、及びそのことを理由に被申請人会社はその名誉を害されたものとして昭和三六年六月六日頃、当初同年三月一五日すでに被申請人において申請人等に対し右刑事事件その他を理由に発令していた懲戒解雇を取消して新ためて同年三月一四日に遡つて、申請人両名は被申請人会社の就業規則第八条(従業員は公私を問わず会社の名誉を毀損してはならないことの定め。)第八九条一号(会社の諸規則令達に違背したものは懲戒し得る旨の定め。)同条六号(業務上の過失以外で刑事事件に関係して罰金以上の有罪判決が確定したものは懲戒し得る旨の定め)該当者であるとして同規則九〇条一号(懲戒処分の種類として懲戒解雇又は諭旨解雇がある旨の定め。)を適用して申請人両名に対し諭旨解雇の発令をなしたものであることが疏明される。(被申請人、支部組合間に締結された労働協約が昭和三六年二月二四日失効していることは当事者間に争のないところであるから、本件解雇理由に右労働協約の条項をそのまま適用することはできない。)

なお被申請人は本件解雇に当つては右の外更に(イ)申請人両名につき昭和三五年六月二二日行われた日米安全保障条約改定反対時限ストの際の右両名の電車運転業務威力妨害の事実、及び(ロ)申請人杉野につき同人の昭和三五年一二月二一日における電車課長に対する威圧的言動を、それぞれ本件解雇の事情として勘案した旨主張しているが、元来解雇に当つての理由は労働基準法が予定している解雇権の適正な行使を確保し、その濫用を防止する意味で、その理由であることを明確にして被傭者に表示することが必要であるというべく、当該解雇の効力に関するものである限り表示されなかつた事柄を単なる事情にせよその理由として斟酌することは許されないものというべきで、就中成立につき争のない乙第一五号証及び証人梶山美路の証言によつて明らかなとおり被申請人は本件諭旨解雇に当つてはその理由に右(イ)(ロ)の事実を含ませないものであることを明らかにしている以上単なる事情としても右事実を本件解雇理由に加味することは許されないものというべきであろう。のみならず成立につき争のない甲第六号証、甲第一三号証及び作成者の署名押印のあることからして真正に成立したものと推認される甲第一〇号証並びに弁論の全趣旨によると右(イ)の件は昭和三五年六月二二日支部組合において私鉄総連の指令に基き日米新安全保障条約批准反対その他社内の懸案問題の解決等を意図して時限ストを行つた際、申請人両名が、他の支部組合員三名位と昭和三四年一二月二四日支部組合より分裂して間もない第二組合たる山陽電軌労働組合の組合員二〇名程度が唐戸停留所方面より東駅に向うべく乗車運転する被申請人会社の電車に途中山の口電停で乗り込み、右第二組合員に右ストへの協力方を説得し、その儘進行して次の停留所たる東駅の車庫に入庫せしむべく、第二組合員運転手を一応承諾させて同駅附近まで運行さしたこと、及びその間申請人秋田において納得の上とはいえ乗客二名を下車せしめたような事実が疏明され、右乗客の下車は争議行為としての正常な範囲を逸脱したものというべく、その他右説得等の面でも幾分行きすぎがあつたであろうことを推認するに難くないが、申請人両名が、特に暴行、脅迫、強制等明白に違法な行為に及んだような事実はこれをうかがうことができず、又成立につき争のない乙第六号証及び証人浜野了一の証言をもつてするも被申請人の主張する如く申請人両名が右時限ストに当たり特に解雇等重要な懲戒の対象として問題としなければならない程の不当争議行為をなしたものであるとするに足る疏明ありといえない。又前記(ロ)の件も成立につき争のない甲第一四号証、甲第一五号証によると申請人杉野は他の支部組合員広兼要等が電車課長に対し抗議している現場に遅れて居合わせ、格別の言動もなく間もなくその場を退去した事実がうかがわれるにとどまり被申請人主張の如く電車課長に対し申請人杉野が特に卒先し、且つ積極的にしかも威圧的言動を呈し同課長の業務を妨害したというような形跡は全くうかがわれない。成立につき争のない乙第九号証、及び証人浜野了一の証言によるも右(ロ)の件につき疏明ありとするに足らない。

よつて本件解雇の理由は申請人両名の刑事罰のみであるとしなければならない。

三、(本件解雇の当否。)

本件解雇は前記のとおり被申請人会社の就業規則に根拠を有する懲戒処分の一種たる諭旨解雇で、しかも成立につき争のない乙第二号証(就業規則)によると同規則第九一条により諭旨解雇は原則として即時解雇であることが明らかにされそして弁論の全趣旨によると本件解雇は即時解雇の手続に従つてなされていることがうかがわれる。従つて本件解雇は先ず、即時解雇をなし得る場合につき規定した労働基準法第二〇条一項但書の制限に服すべきものであり、そして又元来就業規則もその内少くとも解雇、退職金、給料等被傭者にとつて重要な労働条件に関するものである限り窮局的には雇傭関係当事者双方の合意(労働契約)にその効力の実質的根拠を有するものであると解すべき限りその内容は雇傭関係の本質と労働力の需給に関する現状に照らし当事者双方の予期し得る通常の観念に従つて、しかも公平な立場で合理的な解釈が試みられる必要があり、もとより使用者側がその一方的見解を強要し得るような性質のものではない。

労働基準法第二〇条一項但書は「天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となつた場合」の外は「労働者の責に帰すべき事由に基いて解雇する場合」にのみ即時解雇を認めている。そして右「労働者の責に帰すべき事由」とは労使双方の立場を労働契約上の権利義務の面で公平に勘案して使用者に解雇に当つての予告又は予告手当の支給を要求する必要のない程度に重大な背信的行為が労働者にあつた場合を指しているものと理解され、それは必しも企業内部での所謂私契約上の債務不履行といつた場合にのみは限定されないであろうが、本件の如き企業外での出来事で刑事罰を受け、当該企業の名誉を損傷したといつた広い意味での義務違反の場合はそれが、或いは右企業の信用を或る程度左右し、経済的な面での影響も無視できない程度に重大な場合に限定すべきで本件の場合申請人両名の前記刑事罰が右即時解雇に値いする程重大なものとは認め難い。従つて本件は仮に被申請人において解雇し得る場合であるとしても通常解雇の方法によらない限り有効なものとはなし得ない。(もつともこの点は成立につき争のない乙第二四号証によつて疏明される金一封及び生活費補給金を実質的に予告手当として解する余地がなくもないがこの点については被申請人より明確な主張がない。)

次に就業規則との関係で考えてみるに成立につき争のない乙第二号証(就業規則)によると被申請人会社は同規則第八九条で懲戒の事由を規定し、同規則第九〇条で右懲戒事由の軽重に従い具体的に量定すべきものとして懲戒処分の内容を(一)懲戒解雇又は諭旨解雇、(二)降級又は降号、(三)出勤停止、(四)減給、(五)譴責の五種に区分していること、そして又右懲戒事由は同規則第八九条六号が「業務上の過失以外で刑事事件に関係して罰金以上の有罪判決が確定された者」としていることの外は概ね直接又は間接に使用者たる被申請人に対し背信的行為をなした場合を規定していることが疏明される。元来私企業を営む使用者が多くの労働者を集団的且つ継続的に雇傭する場合には企業経営の円満な遂行を期するため特に全体としての秩序、職場規律を維持し、服務上の指揮命令の適切な実現を確保する必要があり、そのためには右違背に対する予防的措置として違背者に対する使用者の懲戒という形での民事上の制裁権を認むべき必要もある。そしてそのことは右の趣旨においてのみ集団的な雇傭関係においては通常予想し得る事柄としてもこれを容認すべきところであろう。もつとも右懲戒もその処分の内容が単なる譴責、出勤停止等にとどまらず解雇(退職金の関係も含む)降級、減給等労働者側の経済的不利益を伴う場合には懲戒事由も単なる労働者の義務違反というにとどまらず、企業の経営秩序を紊し、業務の円満な運行を阻害する等により使用者に経済的不利益を蒙らせ、又は蒙らせる虞れのあるような労働者の背信的行為にのみ限定して理解すべきで、その背信性の度合及び右影響の程度に応じ労働者の受ける経済的不利益も左右されるものというべく、その場合なお終身雇傭が通常の現実であることからして解雇は労働者にとつてやはり最も経済的に不利益な場合であると考えられ、従つて懲戒処分としても最も重い内容を有するものと考えられるから右解雇権の発動は少くとも労働者の義務違反が重大で企業の経済的成果への影響も無視できず、当該労働者を企業内に依然存置するにおいては企業経営の円満な遂行が阻害される虞がある場合にのみ限定して認むべきものであろう。成立につき争のない乙第二号証及び証人梶山美路の証言によると被申請人会社における懲戒処分としての諭旨解雇は通常解雇の場合に比し、先ず解雇手続が通常即時解雇である上退職金支給額も依願退職の場合の三割乃至五割相当額であることがうかがわれ、その他懲戒処分としての解雇は仮に雇傭期間の定めがあつてもこれに拘束されることなくその事由の発生とともに何時でも行使することができ、且つ又通常解雇の場合と異なり解雇された労働者に再就職その他の面で事実上相当程度の不利益を与えることも重要でこれを無視することができず、従つて右諸点からして被申請人のなす懲戒処分としての解雇は通常解雇の場合に比し、単にそれが権利濫用にわたらないようにすべきであるということの外に更に相当程度限定して解すべき理由がある。

そこで前記申請人両名の刑事罰が果して懲戒処分として解雇に値する程のものであるかどうかについて考えてみるに、成程前記認定事実からすると右両名の犯罪は単なる取締法規違反ではなく、その態様は悪質で且つ罪責も社会的に重大であり、世間でも相当程度の関心を示す類の罪質であるといえる。しかも成立につき争のない乙第一八乃至二三号証によると新聞紙上にも右犯行が数度掲載され、日常市民との接触も多い被申請人会社としては公衆の信頼を受くべき筈の企業としてその体面を幾分損傷されたであろうことも容易にうかがえる。しかしながら申請人両名の右刑事事件は企業外での出来事で、労働者が特に企業内で服務上使用者に対して負担する義務とは関係のない、むしろ国民として誰しも遵守すべき一般的な義務に関する事犯である上処罰も罰金と執行猶予に終り、現実の業務執行には何ら支障なく、しかも申請人両名の右犯行のみで直ちに同両名の企業内における電車運転手としての正常な業務執行の人格的適応性を否定しなければならない程のものとも認められず、そして又成立につき争のない甲第六号証甲第九号証甲第一七号証によると申請人両名とも日頃の勤務成績は格別の問題もなくむしろ良好で、右犯行についても反省している様子がうかがわれ、更に弁論の全趣旨によると被申請人会社は大資本と多数の従業員を擁し、下関市内、西部一帯に広範な鉄軌道バス路線を有する大企業で、申請人両名が前記刑事罰を受けたことにより私企業として経済的又は経営秩序維持の面で営業上受ける影響は殆んど皆無であると推認されること等を勘案すると、本件刑事罰が懲戒処分としては最も重い解雇に値する程重大なものとは容認し難く、右刑事罰を以て申請人両名を懲戒処分たる諭旨解雇に付したことは使用者たる被申請人として所詮就業規則所定の懲戒権の適正な行使を誤つたものというべきである。

従つて本件解雇は懲戒処分としての解雇権が就業規則所定の本旨に反し不当に行使された場合に当り無効なものというべきである。

四、なお成立につき争のない乙第一五号証(争議妥結に伴う協定)によると昭和三六年六月六日支部組合において被申請人に対し申請人両名の諭旨解雇を承認したような事実が疏明されるが、成立につき争のない甲第一六号証甲第一三号証によると右承認は何ら申請人両名の真意とは関係なく、私鉄総連の説得もあつて当時行われていた争議解決の便法として争議の実勢に応じ支部組合の態度を右の如く明らかにしたにすぎないものであることが疏明され、結局右事実も本件解雇の無効を左右しない。

五、(仮処分の必要性)

弁論の全趣旨によると申請人両名とも所謂給料生活者であり、他に生活を支え得る明確な副業又は安定した経済的資源も有せず、しかも解雇の効力が争われている状態では他への再就職ももとより不可能で、本件解雇の効力についての本案判決の確定を待つていては申請人両名とも著しき損害を蒙る虞れがあり、本件仮処分の必要性は肯認される。

六、よつて申請人両名の雇傭契約上の地位保全を求める仮処分申請は正当で、これを認めた本件仮処分決定はこれを維持するのが相当であるからこれを認可し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺伸平)

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